その人らしさを支えるケアへ ~パーソンセンタードケアの実践とは~
1. パーソンセンタードケアとは何か?
ケアの考え方を見直す
医学中心から“その人中心”へ
これまでのケアは「病気」や「できないこと」に目を向けがちでしたが、パーソンセンタードケアでは「その人自身」を中心に考えます。たとえば、認知症のある方に対して、「記憶がないからこうしよう」ではなく、「この方は昔こんな暮らしをしていたから、こうすると安心されるかも」という発想が大切になります。症状や状態に合わせるだけでなく、“その人の背景”に合わせたケアが必要です。
「何ができないか」より「何を大切にしているか」
ケアを考えるとき、つい「何ができる・できない」に注目しがちですが、大切なのは「その人が何を大事にしているか」を知ることです。たとえば、「できないけど、自分でやりたい」という気持ちを尊重することで、その人の尊厳を守るケアにつながります。身体機能や認知機能の低下だけに目を向けず、価値観やこだわり、人生観に寄り添った関わりが、信頼関係を深めます。
その人の人生を理解することがケアの第一歩
パーソンセンタードケアは、今の姿だけでなく、「どんな人生を歩んできたか」を知ることから始まります。農業をされていた方には土の匂いが安心感を与え、子ども好きだった方には保育士の話題が笑顔を引き出すこともあります。過去の経験や好きだったことを理解することで、心が落ち着き、安心できるケアが可能になります。人生背景に寄り添ったケアこそが“その人中心”の第一歩です。
なぜ今、必要とされているのか
認知症ケアの質の向上
高齢化とともに認知症のある利用者が増え、「マニュアル通り」では対応しきれない場面が多くなっています。認知症の方にとって、「自分をわかってくれている」と感じるケアは、安心と信頼につながります。パーソンセンタードケアは、本人の感情や思いに寄り添いながら接するため、混乱や不安を減らし、その人らしい生活を支えることができます。ケアの質を高めるためには、この考え方が欠かせません。
利用者の尊厳と幸福感を守るため
一人ひとりの利用者が「自分らしくいられる」ことが、施設での生活の質に直結します。パーソンセンタードケアでは、排泄や入浴といったケアを単なる作業としてではなく、「その人にとってどんな意味を持つか」を考えます。たとえば、自分で髪を整えることを大切にしていた方に、その機会を提供するだけでも尊厳が守られます。“その人らしさ”が大切にされることで、幸福感も自然と高まっていきます。
画一的な対応では支えきれない時代背景
施設や在宅での介護現場には、多様な人生経験や価値観を持った方が暮らしています。その中で、誰にでも同じ対応をする画一的なケアでは、真の意味で「支える」ことはできません。パーソンセンタードケアは、相手によってアプローチを変える柔軟な考え方であり、多様なニーズに応えるための鍵です。今後の介護において、より個別性の高いケアが求められる中、この視点はますます重要になっています。
2. “その人らしさ”の理解とは?
過去と今をつなげて見る
生活歴・趣味・家族・価値観の把握
「その人らしさ」は、過去の暮らしの中にヒントがあります。どんな仕事をしていたのか、どんな趣味があったのか、どんな家族と過ごしてきたのか…。たとえば、長年主婦だった方にとっては、食事の支度や洗濯が日常であり誇りだったかもしれません。そうした背景を知ることで、「いまは何が大切なのか」が見えてきます。過去の価値観に目を向けることで、利用者の尊厳を守るケアが可能になります。
これまでの人生から“今”を考える
今の行動や言動には、その人の人生経験が反映されています。たとえば、人に頼るのが苦手な方は、過去に自立を重んじて生きてきた背景があるかもしれません。意味が分かりづらい言動にも、その人なりの“理由”があるのです。「なぜこうするのか?」ではなく、「この方の人生をふまえると、そういう思いなのかも」と考える視点が、より深い理解につながります。今だけを見ずに、人生全体の流れで“その人”を見る姿勢が大切です。
好きなこと・嫌いなこと・大事にしてきたこと
「朝はコーヒーがないと始まらない」「几帳面で物の位置が決まっている」「歌が好きで、よく口ずさんでいた」など、些細に見えることが“その人らしさ”を形づくっています。それらを大切にすることで、安心感や喜びが生まれ、施設での生活に前向きな変化が表れます。逆に、嫌いなことを強いられると、不安や拒否につながることも。好みやこだわりを把握し、それを尊重することが、信頼されるケアへの第一歩です。
日常の中でその人を感じる
何気ない言動や表情に注目する
「その人らしさ」は、記録やプロフィールだけでなく、日々の会話や表情、しぐさの中にこそ現れます。たとえば、職員が話す特定の話題にだけ反応が良い、ある特定の音に敏感になるなど、ちょっとした変化や特徴が、その人の内面を知る手がかりになります。こうした“何気ない瞬間”を大切に観察することで、マニュアルでは見えない、その人の思いや感情に寄り添ったケアができるようになります。
小さな変化に気づく観察力
「最近、あまり笑わなくなった」「食事のスピードが少し遅くなった」など、些細な変化に気づくことが、パーソンセンタードケアではとても大切です。その人を日々見ている職員だからこそ気づけるサインがあります。これらを“気のせい”で済ませず、「どうしてかな?」と考えることで、心身の不調や不安に早期に対応できます。変化に気づく力は、“その人らしさ”を守る力でもあります。
「いつもと違う」の背景にある意味を探る
ある日突然、怒りっぽくなったり、無口になったりすることがあります。その時、「どうしたのかな?」と疑問を持つことが大切です。「きっと疲れてるのかな」ではなく、「その人にとって何が起きているのか?」と考えることが、パーソンセンタードケアの原点です。たとえば、いつも座っていた席が変わったことで不安を感じていた…など、背景に気づけるかどうかが、対応の質を大きく左右します。
3. 関係性を築くコミュニケーション
聴く力を大切にする
話すより“聴く”を重視する姿勢
パーソンセンタードケアにおいて最も大切なのは、「聴く」姿勢です。介護の現場では、つい「〇〇しましょうね」「こっちですよ」と指示的な言葉が多くなりがちですが、まずは相手の言葉や思いに耳を傾けることが信頼関係を築く出発点です。「うまく話せない」「言葉にならない」ような利用者の表情や声のトーンにも注目しながら、「あなたの気持ちを大切にしたい」という態度で関わることが、安心感と信頼を生み出します。
相手のペースで会話を進める
利用者と会話する際には、職員のペースではなく、相手のテンポに合わせることが大切です。早口やせっかちな話し方では、利用者が理解しづらくなり、不安や混乱を招くことがあります。ゆっくりと、言葉の合間に余裕を持たせながら話すことで、「ちゃんと聴いてくれている」「焦らなくていい」と感じてもらえます。また、話を急かさないことは、その人の気持ちや考えを尊重しているという姿勢を伝えることにもつながります。
否定せず、受け入れる関わり
認知症のある方の中には、事実とは異なる発言をされることもありますが、その発言をすぐに否定するのではなく、「そう感じたのですね」と受け止めることが大切です。否定されると、利用者は混乱したり不安になったりして、心を閉ざしてしまうことがあります。たとえ現実とは違っていても、「その方がそう思っている」という事実を尊重し、共感的な姿勢で関わることが、信頼を深める第一歩です。
気持ちをくみ取る言葉と態度
言葉の裏にある気持ちを読む
利用者の言葉には、そのまま受け取るだけではわからない“気持ちの裏側”が隠れていることがあります。たとえば、「帰る!」という言葉の背景には、「ここにいても落ち着かない」「家族に会いたい」といった不安や寂しさがあるかもしれません。その場の言葉だけで判断せず、「どんな気持ちがあるのだろう?」と想像しながら関わることで、表面的ではない、本当の意味で寄り添うケアが可能になります。
非言語(表情・しぐさ)への敏感さ
言葉では伝えられない気持ちは、表情やしぐさ、体の動きに現れます。たとえば、返事はしていても視線が合わない、手が落ち着かないなど、行動の変化はその人の心のサインかもしれません。こうした非言語のメッセージを読み取る力は、一朝一夕で身につくものではありませんが、日々の観察と意識がその感受性を育てます。ことばにならない思いを感じ取ることで、より丁寧で温かなケアができるようになります。
安心と信頼を生む接し方
どんなに忙しい時でも、相手の目を見て微笑みながら話す、名前を呼んであいさつする、ゆっくりうなずきながら話を聞く――こうしたささいな行動の一つひとつが、利用者にとっては「この人は私を大切にしてくれている」という安心感につながります。信頼は、一度で築けるものではありません。日々の何気ないやりとりの中で少しずつ積み重ねられ、「この人なら安心して任せられる」と感じてもらえるようになります。
4. チームで行うパーソンセンタードケア
情報共有の工夫
エピソード記録を活かす
パーソンセンタードケアでは、日々のちょっとした出来事や発言がとても大切な情報になります。「コーヒーの香りを嗅いだときに笑顔になった」「子どもの話題にうなずいていた」など、エピソードとして記録しておくことで、その人の好みや安心する要素が見えてきます。こうした“人柄が伝わる記録”は、職員同士で共有することで、誰がケアに入っても「その人らしさ」を尊重した対応ができる土台になります。
「その人らしさ」が見える記録の取り方
「排泄あり」「食事全量」といった事務的な記録だけでは、“その人らしさ”は見えてきません。たとえば、「今日は味噌汁をおかわりして満足そうだった」「自分から進んで体操に参加された」など、心の動きや意欲が感じられるような記録が、ケアの質を高めます。こうした“気づき”を文章に残すことは簡単ではありませんが、毎日の関わりを丁寧に振り返ることで、自然と職員の観察力も育ちます。
申し送りで共有すべき“人となり”情報
申し送りは、単なる業務の引き継ぎではなく、「この人に今、何を大切にしたいのか」を伝える場でもあります。たとえば、「最近、昔の仕事の話をよくされるので、職歴について尋ねると喜ばれる」など、その人に寄り添ったコミュニケーションのヒントも共有しましょう。こうした“人となり”の情報があることで、ケアが画一的にならず、どの職員が対応しても一貫性のある「その人中心のケア」が実現します。
職種を超えて連携する
介護職・看護師・家族との連携
パーソンセンタードケアは、介護職だけが担うものではありません。看護師やリハビリ職、栄養士、家族など、さまざまな立場の人が協力することで初めて成り立ちます。たとえば、家族から「昔はよく犬と散歩していた」と聞いたら、それを職員間で共有し、会話のきっかけにすることもできます。多職種や家族との情報交換は、“その人らしさ”を深く理解するための貴重な鍵となります。
ケアのズレを埋める対話の時間を持つ
職種や担当者によってケアの方法や声掛けが異なると、利用者に不安を与えてしまうことがあります。だからこそ、「なぜそのように対応しているのか」「こういう時はどうしているか」など、細かい部分も共有し合う機会を定期的に持つことが大切です。小さな違和感をそのままにせず、気軽に話し合える雰囲気づくりが、チームとしてのケアの一体感につながります。
利用者の“生活”を支える意識の統一
パーソンセンタードケアは「生活の支援」であり、単なる「作業の提供」ではありません。その人の一日一日が“その人らしくある”ように支えるには、職員一人ひとりの意識がそろっている必要があります。「今日はこの方にとってどんな一日だったか」をチームで振り返る習慣を持つことで、“生活者としての視点”が強まり、より深いレベルのケアが実践できるようになります。
5. 実践の中で大切にしたいこと
正解より“寄り添う姿勢”
マニュアル通りではない対応が求められる
介護の現場では、「これが正解」という対応が常にあるわけではありません。同じ状況でも、利用者一人ひとりによって適切な関わり方は異なります。たとえば、ある方には明るく声をかけるのが効果的でも、別の方には静かにそばにいる方が安心できるかもしれません。パーソンセンタードケアでは、“正しい”よりも“その人にとって合っている”対応を見つけようとする姿勢が大切です。
その人の反応を尊重する
こちらが良かれと思って行ったケアに、利用者が戸惑ったり嫌がったりすることもあります。そんなときは、「なぜ受け入れてくれないのか」と考えるのではなく、「どこかに不安や不快があったのかも」と視点を変えてみましょう。利用者の反応を否定せずに受け止め、その人の感情を尊重することが、関係性を築くうえで何より重要です。反応こそが“その人の声”であると捉えることが、より良いケアにつながります。
職員の人間性が伝わるケア
パーソンセンタードケアは、知識や技術だけで成り立つものではありません。声のトーン、表情、立ち振る舞いといった“人としての温かさ”が利用者に安心を与えます。ときにはマニュアルにない対応でも、「この人は私のことをちゃんと見てくれている」と思ってもらえるケアが、信頼関係を生み出します。職員一人ひとりの人間性がにじみ出る関わりが、真の意味で“その人らしさ”を支えるケアになります。
小さな気づきが大きな支えに
違和感や微細な変化を見逃さない
「なんとなくいつもと違う」「今日は少し口数が少ない」などの小さな変化は、利用者の心身の状態を知る大切な手がかりです。それに気づけるかどうかが、ケアの質を大きく左右します。たとえ数値には表れなくても、日々の関わりの中で職員が感じる“違和感”は、もっともリアルな情報源です。小さなサインに敏感でいることが、予防的な対応や安心感の提供につながります。
「この人はこういう方だったな」と思い出せる関係づくり
利用者との関わりの中で、「○○さんは春になると元気になるよね」「あの歌をかけると自然に笑顔が出る」など、その人らしい一面を覚えていける関係性が大切です。そうした記憶や思い出の積み重ねは、単なる記録では表せない“その人らしさ”の理解に繋がります。長く関わる中で自然に「思い出せる」ような関係づくりを目指すことが、パーソンセンタードケアの土台となります。
“覚えるケア”から“感じるケア”へ
新人の頃は、マニュアルや手順を「覚える」ことが中心ですが、パーソンセンタードケアはそこから一歩進んだ“感じるケア”が求められます。「この人は今、どんな気持ちなのか」「本当に安心しているか」など、感覚を研ぎ澄ませて対応することが必要です。それは経験を重ねることで磨かれる力でもあり、職員自身の成長にもつながります。“感じる力”は、利用者にとっても職員にとっても、温かい関係をつくる原動力になります。
まとめ:その人らしさを支えるパーソンセンタードケア
1. “その人中心”の視点が介護を変える
• 病気や状態ではなく、「その人自身」を大切にするケア。
• 「何ができるか」ではなく、「何を大切にしてきたか」に目を向ける。
• その人の人生を尊重する姿勢が、信頼と安心につながります。
2. 過去と今をつなぎ、“らしさ”を理解する
• 趣味・職業・価値観・家族関係など、生活の背景を知ることが出発点。
• 日々の小さな言動や表情の変化にも、“その人らしさ”が表れます。
• 「いつもと違う」には、必ず理由があると考える姿勢を持ちましょう。
3. 関係性を築くのは、“聴く力”と“感じる力”
• 言葉にならない気持ちを汲み取るために、傾聴と観察が大切。
• 正しさよりも、「寄り添う気持ち」が伝わるコミュニケーションを。
• 安心感は、日々の積み重ねから生まれる信頼関係の中にあります。
4. チームで“その人らしさ”を支えるために
• エピソードや価値観を共有し、チーム全体で一貫したケアを。
• 多職種や家族との連携が、より深い理解と支援につながります。
• 情報の“共有”ではなく、“共感”し合う姿勢を持ちましょう。
5. 正解のないケアだからこそ、気づきと対話を大切に
• 小さな気づきが、その人にとって大きな支えになることも。
• “感じるケア”は、経験と心の積み重ねから育まれます。
• 利用者の人生の一部を支えていることに、誇りを持って関わりましょう。
その人の人生に寄り添うケアを、チームみんなで。
パーソンセンタードケアは、特別な技術ではなく、
「目の前の一人を大切にしたい」という気持ちから始まります。
明日からのケアが、少しだけ“その人らしさ”に近づくように。
あなたの関わりが、利用者の安心と笑顔につながります。
おわりに
最後までお付き合い頂きありがとうございました
いかがだったでしょうか?
スライドの作成もやりやすい形にしてみました。
参考にして頂ければ幸いです。
参考になるかわかりませんが、自分が職場研修で使用したスライドも載せておきます。
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